研究内容

鉄系超伝導体の粒界学理の構築

鉄系超伝導体を含む高温超伝導体は,程度の差はあるものの粒界を跨いで流れる超伝導電流が粒内に比べて大幅に制限される“粒界弱結合”という致命的な欠点があります. 銅酸化物超伝導体では,粒界特性の詳細な研究により“粒界弱結合”の問題を回避する作製プロセスが報告されました.その結果,現在ではビスマス系やイットリウム系などの 銅酸化物超伝導線材が製造・販売されています.
一方,鉄系超伝導体は銅酸化物超伝導体ほどではないものの“粒界弱結合”の問題がありますが,粒界特性の理解はあまり進んでいません.そこで,様々な鉄系超伝導体を双晶 基板の上に成長させることで単一人工粒界を作製し,粒界構造の解析と電磁気特性を調べることを行っています.粒界学理の構築により,応用研究,特に超伝導線材の開発は 一気に進むことが期待できます.

多結晶体は単結晶粒の凝集体です.粒間は結晶粒界と呼ばれます.超伝導体の特性は粒内(Intra-grain),粒界(Inter-grain),そして微細組織の積で決まります. 粒界特性を調べるためには,まず双晶基板の上に対象となる物質のエピタキシャル薄膜を成長させ,人工単一粒界を作製します.そして粒界を跨いだ細線に加工して,細線の臨界電流(inter-grain Ic) を測定します.

オフ基板上に成長した超伝導薄膜の物性評価

[001]方向が[100]方向に傾斜したオフ基板上に,正方晶系の薄膜をエピタキシャル成長させるとab面内とc軸方向の輸送特性を分離することができます.これまで,鉄系超伝導体の常伝導状態におけるab面内とc軸方向の抵抗率を求め,その比から有効質量の異方性を評価しました.
一方,オフ基板上に成長した薄膜中にはアンチフェイズ境界が多く導入されることが報告されています.従って,磁場中における臨界電流特性の向上が期待できます.

通常の基板(Normal substrate)とオフ基板(Vicinal-cut substrate).ab面内方向(longitudinal direction)とそれに垂直な方向(transverse direction). それぞれの方向で測定した抵抗率をρL, ρTから,式を使ってρcを計算することができます.

歪みによる機能性材料の物性制御

歪みを印加すると物性が変化するのは古くから様々な材料で良く知られており,薄膜と基板の格子ミスマッチや熱膨張ミスマッチを利用した静的な歪みや,逆ピエゾ効果を使った動的歪みにより物性を制御する研究などが盛んに行われています. 我々は鉄系超伝導薄膜に熱膨張係数・格子ミスマッチを利用して歪みを印加し,超伝導転移温度Tcと電子状態がどのように変化するのかを報告しました.またピエゾ基板の上に鉄系超伝導薄膜を作製し,Tc がピエゾ基板に加える電圧,すなわち機械的な圧力により変化することを報告しました.しかし,ピエゾ素子は低温で動作が緩慢になり,大きな面内圧力を薄膜に加えることは難しくなります.この問題を解決し、従来とは全く次元の異なる高いレベルの歪 みを印加するために,我々は可撓性に富んだ金属基板上に薄膜を作製するという着想に至りました.この方法により低温でも薄膜に大きな歪みを機械的に加えることが可能になりました.実際,モデル材料として鉄系超伝導体や逆ペロブスカイト型Mn窒化物の 物性制御を行いました.今後も様々な機能性材料の歪みによる効果も調べていく予定です.

薄膜の格子定数afよりも基板の格子定数asが小さければ,薄膜には面内圧縮歪みが,afasよりも小さい場合には引張歪みが印加されます. 鉄系超伝導体BaFe1.8Co0.2As2を様々な基板の上に成長させると,歪みの影響でTcが変化します. バンド計算によると圧縮歪みの場合,フェルミ面が3次元的になることがわかりました.

強磁場下における超伝導特性の評価

大学の実験室レベルで発生できる磁場は,直流磁場でせいぜい20 T程度ですが,高温超伝導体の物性評価にはより大きな磁場が必要となります.米国立強磁場研究所(National High Magnetic Field Laboratory, NHMFL)には,直流磁場で45 Tもの磁場を発生することができる ハイブリッドマグネットがあります.その他,35 Tマグネットも多数保有しています.我々は,過去,10年以上に渡りNHMFLのTarantini博士,Jaroszynski博士と共同研究を行い,これまで多くの超伝導体の輸送特性評価を行ってきました. また,最近では東北大学金属材料研究所強磁場センターの25 Tマグネットも利用し,銅酸化物超伝導体の輸送特性評価を行っています.

左側の写真は東北大学金属材料研究所の25 Tマグネットです.このマグネットで測定してHoBa2Cu3O7超伝導体の臨界電流密度Jcの角度依存性を温度を変えて測定した結果も示しています.外部磁場は24 Tです. 右側の写真は米国立強磁場研究所の45 Tハイブリッドマグネットです.このマグネットと35 Tビッターマグネットで測定したLnFeAs(O,F)薄膜の4.2 KにおけるJc-B特性とBaFe2As2系薄膜の上部臨界磁場Hc2の温度依存性です.